大地震が発生した瞬間、あなたはどこへ逃げますか?「とりあえず近所の小学校(指定避難所)へ」と考えているなら、その常識はすでに古く、危険かもしれません。堅牢な構造を持つマンションにおいて、最大のリスクは建物の倒壊ではなく、電気・ガス・水道といったライフラインの停止による「生活機能の麻痺」と、避難所の定員オーバーによる「避難所難民」化です。
本書は、マンション防災の第一人者であり、長年の現場取材と研究を重ねてきた釜石徹氏による、マンション居住者に特化した防災マニュアルです。多くの自治体やメディアが推奨してきた従来の防災対策は、木造住宅密集地を想定したものが多く、マンション住民には当てはまらないケースが多々あります。著者は断言します。「マンション住民は避難所に行くな。自宅に留まる『在宅避難』こそが最強の防災である」と。
では、電気も水も止まった高層階の自宅で、家族の命を守り抜き、生活を継続するためには何が必要なのか? 本書では、精神論ではない具体的な備蓄リスト、トイレ対策、そして管理組合が取り組むべき実効性のある訓練まで、「逃げずに留まる」ための具体的かつ実践的なノウハウが余すところなく解説されています。管理組合の理事はもちろん、すべてのマンション居住者必読の一冊です。
【目次】
- 第1章 マンション防災を始めるために
- 第2章 マンション防災の考え方と備え方
- 第3章 自宅で備える
- 第4章 家庭の防災
- 第5章 災害発生時に行うこととやってはいけないこと
- 第6章 避難所とはどんなところ?
本書から学べる3つの「新常識」
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「避難所に行く」は間違い。「在宅避難」が第一選択肢
「地震=避難所」という刷り込みを捨てることがマンション防災の第一歩です。都市部の避難所は圧倒的に収容人数が不足しており、プライバシーもなく、「3密」状態は避けられません。耐震性の高いマンションであれば、倒壊のリスクは極めて低いため、感染症や防犯のリスクがある避難所へ行くよりも、自宅に留まる方が安全かつ快適です。本書では、「避難所は家を失った人が行く場所」と定義し、ライフラインが途絶えた自宅で1週間以上生活するための具体的なメソッドを提示しています。
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最大の敵は飢えではない。「トイレ問題」を最優先せよ
食料の備蓄に熱心な家庭でも、見落としがちなのがトイレ対策です。発災後、マンションの排水管が破損している状態で水を流せば、下の階で汚水が溢れる「逆流事故」を引き起こします。また、停電すれば断水し、水洗トイレはただの陶器の椅子と化します。本書は、「食料よりも簡易トイレの備蓄が最優先」である理由と、家族構成に応じた必要数、そして実際の使用シミュレーションの重要性を生々しく説いています。
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防災訓練の形骸化を防ぐ。「バケツリレー」より必要なこと
多くのマンションで行われている「消火訓練」や「炊き出し訓練」は、残念ながら実際の災害時には役に立たないことが多いと著者は指摘します。本当に必要なのは、エレベーター停止時の閉じ込め救出訓練や、安否確認システムの運用テスト、そして各家庭での資機材の確認です。「イベント」としての防災訓練から、「実戦」を想定した訓練へ。本書には、明日から使える実践的な訓練メニューのアイデアが詰まっています。
管理組合・防災担当理事の皆様へ:組織で守る「共助」の仕組み
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「共有備蓄」の幻想を捨て、インフラ維持に投資する
管理組合で全住民分の食料や水を備蓄することは、保管場所や賞味期限管理の観点から現実的ではありません。本書は、食料や水は各家庭の「自助」に任せ、管理組合は発電機、マンホールトイレ、救助工具といった「個人では用意できないインフラ機材」の整備に注力すべきだと提言しています。限られた管理費をどこに投下すべきか、その明確な基準が得られます。
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災害対策本部の「初動マニュアル」を策定する
発災直後、管理員や警備員が現場にいるとは限りません。理事や居住者自身が対策本部を立ち上げ、安否確認や建物点検を行う必要があります。本書では、誰が、いつ、何をするかという具体的な初動対応のフローや、混乱する現場での意思決定プロセスについて解説しており、理事会のマニュアル作成における強力な指針となります。
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自助を推進する
いざ大災害が起きれば、住民全員が被災者となり、隣人を助ける余裕などありません。だからこそ防災委員会に必要なのは、平時のうちに各家庭の自助(家具固定やトイレ備蓄)を徹底するよう啓蒙・推進することです。被害を出さない環境を事前に作ることこそが、結果としてマンション全体を救う唯一の道なのです。
居住者・ご家庭の皆様へ:今日から始める「自助」のステップ
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「ローリングストック」で無理なく備蓄を日常化
「防災用」として特別な高額商品を買う必要はありません。普段食べているレトルト食品、缶詰、水などを少し多めに買い置きし、古いものから消費して買い足す「ローリングストック法」を推奨しています。本書では、「最低7日分」の備蓄を目安とし、冷蔵庫の中身も活用しながら、ストレスなく在宅避難を続けるための食料計画を提案しています。
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家具固定こそが、命を守る最初の一手
どれほど備蓄をしていても、家具の下敷きになって怪我をしては元も子もありません。特に高層階は長周期地震動により、想像を絶する揺れ幅になる可能性があります。本書では、L字金具や突っ張り棒、耐震マットの効果的な組み合わせ方など、「死なない、怪我をしない部屋作り」の鉄則を解説しています。
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家族との「連絡ルール」をアナログで決めておく
災害時、携帯電話は繋がりにくくなり、バッテリーも貴重になります。SNSや災害用伝言ダイヤルの使い方はもちろんですが、本書が推奨するのは「公衆電話の位置確認」や「集合場所の事前決定」といったアナログなルールの共有です。家族が別々の場所にいる時に発災した場合どう動くか、シミュレーションしておくことの重要性を説いています。