恋人と語らう柏崎の浜辺で、声をかけてきた見知らぬ男。「煙草の火を貸してくれませんか」。この言葉が、〈拉致〉のはじまりだった――。言動・思想の自由を奪われた生活、脱出への希望と挫折、子どもについた大きな嘘……。
夢と絆を断たれながらも必死で生き抜いた、北朝鮮での24年間とは。帰国から10年を経て初めて綴られた、衝撃の手記。

目次
絶望そして光――このまま死ぬわけにはいかない
人質――日本に引き留めようとする家族とも「戦わ」なければならなかった
自由の海に溺れない――日本の自由は、私たちに興奮と戸惑いをもたらした
自動小銃音の恐怖――この地の戦争に巻き込まれ、犬死するのが口惜しかった
生きて、落ち合おう――これは父さんとお前だけの秘密だよ
煎った大豆を――配給が途絶えたという話が耳に入るようになった
飢えの知恵――その男は小魚をわしづかみにして、洋服のぽけっといにねじ込んでいた
配給だけでは食えない!――私はトウモロコシが一粒落ちていても、拾うようになった
望郷――丘の景色のむこうには、海があるような気がしてならなかった
誘惑――川幅わずか三メートル。一、二、三歩で逃れられる!
革命のコンテンツ――おばあさんたちは、興に飢えた人のごとく踊りに没頭していた
北の狩り――当地でゴルフをやったのは、私が初めてではないか?
洗脳教育――自分がこんなにも反日的な国に拉致されたという事実に戦慄した
本音と建前――心を開かせようとする人には、ことさら警戒心が必要だった
バッジを外すとき――物資を背に、まるで泥棒のように部屋に逃げ込んだ
自由な市場――おばさんたちが一斉に怒声を挙げた。「殴れ、殴ってやれ!」
二十四年ぶりの外食――老兵を敬えと軍隊で教えられていないのか!
様々な打算――キムおばあさんは、欲のない女性だった
アリの一穴?――韓国女子大生の逮捕に、北朝鮮の女性たちはみんなが泣いた
理性と本能――日本を応援すれば家族の偽装経歴が疑われる
将軍様の娘――もっぱらの関心ごとは、北の宣伝などではなく、恋人や結婚のこと
涙の演技――ふたたび戦争へ?
タブーと政治――そのとき相手は嘲りの混じったまなざしで私を見た
危険水域――さらに胸ぐらをつかんだ腕を激しく前後に揺さぶりながら……
後ろめたさ――私はその子のあとをつけて行った
終わりと始まり――子どもたちも何度も振り返りながら玄関を離れて行った