X (旧Twitter)、Facebook、TikTok… あなたが毎日何気なくスクロールするその画面は、今や国家の存亡を賭けた21世紀の主戦場と化している。これは比喩ではない。物理的な戦闘を伴わずに、社会の信頼を破壊し、世論を分断し、国家を内側から麻痺させる――。本書が警鐘を鳴らす「認知戦」とは、まさに人間の脳と心を標的とした、静かなる侵略なのである。

著者のイタイ・ヨナト氏は、この見えざる戦争の最前線を知る、インテリジェンスの実務家である。イスラエル軍の諜報部員として数々の作戦に従事した経験を持ち、現在はOSINT(公開情報インテリジェンス)企業のCEOとして各国政府に助言を行う、まさに情報戦のプロフェッショナルだ。本書で明かされるのは、机上の空論ではない。中国やロシアといった国家が、ALPS処理水問題や選挙介入などで、いかに巧妙に日本の世論を操作し、国際的孤立を狙っているか。その生々しい手口と、我々が取るべき対抗策を、元諜報部員ならではのリアリズムで描き出す。

そして、本書の日本における戦略的価値を決定づけているのが、監訳者であり、日本の地政学・戦略研究の第一人者である奥山真司氏の存在だ。奥山氏は単なる翻訳にとどまらず、序章と終章を書き下ろし、ヨナト氏の国際的な知見を日本の文脈に接続。日本が今すぐ取り組むべき「マインドセットの入れ替え」を提言し、国家、企業、そして個人がこの新たな脅威にどう立ち向かうべきか、具体的な道筋を示している。本書は、すべての日本国民にとっての必読書であり、デジタル社会を生き抜くための新たな「防衛白書」と言えるだろう。

【目次】

  • 序 日本は認知戦に備えよ 奥山真司
  • 第1章 これが認知戦だ
  • 第2章 クレイジーだけが生き残る、イスラエルの諜報機関
  • 第3章 中国 日本にいちばん近い脅威
  • 第4章 ロシア コミンテルンの謀略の系譜
  • 第5章 認知戦への対抗措置
  • 終章 残された時間は少ない
  • おわりに 日本は「マインドセット」の入れ替えを 奥山真司

本書が暴き出す、見えざる戦争の3つの現実

  • 1「人の心をハックする」影響力工作のメカニズム

    本書が明らかにする「認知戦」は、単なる偽情報(フェイクニュース)の拡散とは次元が異なる。それは、人間の認知的な脆弱性を突き、感情を煽り、社会の断層を広げることを目的とした、高度な心理工学である。本書では、敵対国家がSNSのアルゴリズムを利用して特定の意見を増幅させ、社会に混乱を生み出す「サイフルエンス(Psy-fluence)」と呼ばれる手法を詳解。ルーマニア大統領選挙でロシアがどのように世論を操作したのか、あるいは日本国内で特定の政治勢力が急速に支持を拡大した背景に何があったのか、具体的な事例を通して、我々の「ものの見方」そのものがいかにして外部から攻撃されているかを白日の下に晒す。

  • 2敵の作戦要務令:中国とロシアの具体的な攻撃手法

    脅威は漠然としたものではない。本書は、元諜報部員のインテリジェンスに基づき、日本の安全保障を脅かす二大国家、中国とロシアの「 playbook(作戦要務令)」を具体的に分析する。中国が「ALPS処理水」を政治問題化し、日本の国際的評価を貶めるためにどのような情報キャンペーンを展開したか。日本の基幹産業である自動車業界を標的に、どのようなネガティブ・キャンペーンを仕掛けているか。一方、ロシアが旧ソ連のコミンテルン時代から受け継ぐ「反原発運動」支援などの伝統的な謀略手法と、アフリカで政権転覆を成功させた最新のハイブリッド戦術をいかに組み合わせているか。TikTokやタクシー配車アプリといった日常に潜むリスクも含め、敵の具体的な戦術を知ることこそが防御の第一歩となる。

  • 3国家と個人を守る「情報防衛システム」の構築法

    本書の真価は、脅威の告発にとどまらず、実践的な「対抗措置」を提示している点にある。国家レベルでの情報機関の役割、法整備のあり方から、企業が自社のブランドと従業員を情報汚染から守るための具体的な防衛策、そして私たち一人ひとりがデジタル空間で精神的な主権を保つための思考法までを網羅する。それは、単なるメディア・リテラシー教育ではない。敵の戦術を理解した上で、社会全体で情報環境に対する「集団免疫」を獲得し、能動的に防御壁を築くための戦略的フレームワークである。奥山氏が説くように、日本全体で「マインドセット」を転換し、この見えざる戦争に勝利するための処方箋がここにある。

経営者・安全保障担当者へ:新たな戦略的必須科目

  • 1企業リスクの再定義:ブランド価値を蝕む「認知的浸透」

    認知戦は、もはや国家間だけの問題ではない。SNS上で特定の製品や企業に対するネガティブ・キャンペーンが組織的に行われれば、ブランド価値は一夜にして毀損され、株価は暴落しうる。本書は、こうした脅威を単なる「炎上」やPRマターとしてではなく、事業継続を脅かす経営レベルの戦略的リスクとして捉え直す視点を提供する。自社の従業員が知らず知らずのうちに敵対国家のプロパガンダを拡散する「役に立つ馬鹿」になってしまう危険性も含め、企業という組織を内部から守るためのインテリジェンスの必要性を説く。

  • 2「グレーゾーン事態」を制する地政学的思考

    武力紛争には至らないものの、平時でもない「グレーゾーン」における競争が現代の国際政治の常態である。認知戦は、このグレーゾーンで国益を達成するための極めて有効な手段だ。本書が示すように、敵対勢力は情報操作によって、有事の際に日本が「侵略者」のレッテルを貼られ、国際社会の支持を失うよう、平時から周到に情報環境を仕掛けてくる 。この戦略的意図を理解することは、将来の外交的・軍事的危機において、我が国が致命的な不利を被るのを防ぐために不可欠な能力である。

  • 3組織的レジリエンスの構築:情報汚染への「ワクチン」

    サイバーセキュリティ対策と同様に、組織を認知戦の脅威から守るための体制構築は、今やあらゆるリーダーの責務である。本書が提示する「対抗措置」は、そのための具体的な設計図となる。リーダーシップ研修に偽情報キャンペーンの識別訓練を導入し、組織内に脅威インテリジェンスを共有する仕組みを構築し、批判的思考を奨励する文化を醸成すること。これらは、組織全体を情報汚染に対して強靭にする「ワクチン」として機能し、不確実な時代を生き抜くための持続可能な競争優位の源泉となる。

すべてのビジネスパーソンへ:デジタル社会の生存術

  • 1情報ノイズを見抜く「クリティカル思考」の技術

    日々浴びせられる膨大な情報の洪水の中で、何が事実で、何が意見で、何が意図的な操作なのかを見抜く能力は、現代ビジネスパーソンにとって最も重要なスキルの一つである。本書は、情報の発信源、その背後にある意図、そして感情に訴えかける心理的トリックを冷静に分析するための思考のフレームワークを提供する。これは、日々の業務における意思決定の質を高めるだけでなく、あなた自身を精神的な消耗や誤った判断から守るための、強力な知的武装となる。

  • 2民主主義社会の「健全な懐疑主義」

    認知戦の最終的な目的の一つは、政府やメディア、専門家といった社会の基盤となる制度への信頼を破壊し、健全な議論を不可能にすることにある。本書を読むことで、読者は健全な市民としての「懐疑主義」を身につけることができる。それは、すべてを疑うシニシズム(冷笑主義)ではない。安易な陰謀論に飛びつくことなく、しかし権威を鵜呑みにすることもなく、自らの頭で考え、判断するための知的体幹を鍛えることである。この能力こそが、分断を乗り越え、健全な民主主義社会を維持するための最後の砦となる。

  • 3精神的自立を勝ち取るための「デジタル自衛術」

    私たちの注意(アテンション)は、今やSNSプラットフォームにとって最も価値のある資源であり、同時に敵対勢力にとっては攻撃の標的である。本書は、この貴重な資源を他者に搾取され、操作されることから守るための「デジタル自衛術」を教える。アルゴリズムによって作られた「フィルターバブル」を意識的に抜け出し、感情的な反応を誘うコンテンツから距離を置く。こうした実践を通じて、私たちは情報の奴隷から、情報を主体的に使いこなす主人へと変わることができる。それは、激動の時代において精神的な平穏と自立を保つための、究極のサバイバル術である。